non-Helicobacter pylori Helicobacterについて
対談 (チャプター1)対談 なぜ今この菌に注目すべきなのか
ハイルマニイ菌は、ピロリ菌と比べ認知度は低く、その臨床的な意義についても不明な点が依然として多い。いままでの研究の経緯や興味深い点について、高橋、中村で時節柄、 virtualで、対談しました。
中村:本対談では、本邦でハイルマニイ菌についての感染実験を最初に手掛けられた高橋信一先生とハイルマニイ菌の臨床、研究の歴史、現状および今後の展望についてお話ししたいと思います。 本邦におけるハイルマニイ菌の研究は、伊藤武先生と高橋先生が、カニクイザルにピロリ菌を感染させる際に、別の菌がすでに感染していることに気づかれ、その菌について1994年に DDWで報告されたのが、最初と考えているのですが (1)、それでよろしいでしょうか。
高橋:はい。当時、東京都立衛生研究所におられた伊藤武先生が、動物実験に用いるカニクイザルの胃内から、ピロリ菌より大きく、ラセンが強く、形態学的にはハイルマニイ菌に類似している螺旋菌を検出されました。そして本菌を、HHLO: Helicobacter heilmannii like organismと呼び、各種感染実験に用いました。HHLO感染カニクイザルは通常環境で飼育可能であるため取り扱いやすく、その後発がん実験などに供しました。ただ、当時HHLOは世界的にも培養ができなかったため、われわれは通常環境下でマウスにHHLOを接種し、マウスからマウスへと継代培養して参りました。
中村:私たちのところでは、その菌について 2000年から北里研究所でも共同研究させていただいております。すでに 20年以上経ちます。当初は、螺旋菌との情報のみでしたが、村山先生が 16S rDNAと詳細な sequenceの解析から、HHLOに属し、さらに 当初は H. heilmannii , その後の解析で H. suisであることを明確にし、 2006年に 共同で Infect Imunに発表しました。しかし、この頃は臨床とのつながりははっきりせず、あまり反響がなかったような気がします。
高橋:その少し前に杏林大学から信州大学に田中昭文先生が、国内留学されたことが契機となり、信州大学の太田博良先生、勝山努先生をはじめとした先生方が、多数の臨床例についての検討を開始され、ハイルマニイ菌陽性症例が多数見つかりました。
中村:もう一つの契機は、感染実験での胃マルトリンパ腫の形成ですね。ちょうど北里大学薬学部の卒論で C3H マウスからC57BL /6マウスに感染させる実験をやっていたのですが、C3Hでは軽度の胃炎だけだったのですが、 C57では著明なリンパ球集簇が見つかりました。 HE染色でもすごい変化だったため、担当の学生に連絡したところ、『なにか間違えましたか?』と慌てて飛んできたのを思い出します。
高橋:杏林大学、北里大学、信州大学の先生が集まって、 2006年から 2008年にかけて年2回ハイルマニイ研究会を東京と松本で交互に開催し、かなりデータが集まりました。そして特別参加された中澤晶子先生(当時、山口大学)から、細菌学の基礎的な事項をたくさん教えていただきました。研究会後の懇親会でも、熱気溢れた議論が続き、みんなハイルマニイ研究で世界をリードしようとする高い意気込みがありました。
中村:国際シンポジウムも3回開催しました。1回目は、 2007年4月に開催され、オーストラリアのNew South Wales大学のJ O’Rourke先生をお呼びしました。シドニーで有名なタロンガ動物園の動物の胃のPCRの解析からハイルマニイ菌の系統樹を報告された先生です。 ピロリ菌の基礎研究の基盤を作ったAdrian Lee先生の元で研究されていました。
第二回は、 2009年4月に開催され、O’Rourke先生と同じ オーストラリアのNew South Wales大学のHazel Mitchel 先生をお呼びしました。大腸疾患とヘリコバクター属細菌の関連について報告された先生です。
第三回は、2015年6月に開催され、ベルギーの Ghent大学のBram Flahou 先生に加わっていただきました。獣医の分野で著名な Hausebrouck先生の元で、新しい手法を用い、ハイルマニイ菌に属する犬、猫からの菌の単離培養に成功した先生で、当時わたしたちの研究室に留学中だった Anders Øverby 君は、その手法を学んで、猫由来のハイルマニイ菌の培養に成功し、その細菌学的特徴について報告しました。
高橋:世界の研究者と親しく話し合い、率直に疑問をぶつけ合い、楽しくも実りあるシンポジウムでした。世界の中での自分たちの研究の立ち位置を知り、今後の課題を考える貴重な場となりました。このような研究会を開催した中村先生の企画力に驚きもし、感謝をいたしました。
中村:ありがとうございます。臨床例についての検討では、ヘリコバクター学会にご後援いただいた全国調査が最近Helicobacter誌に掲載されました。時間はかかりましたが、多数例の解析を行うことができ、ご協力いただいた全国の先生方のお陰と感謝しております。特に鳥肌胃炎については、第一例目となりました東京女子医大の中村真一先生の症例に始まり数十例のハイルマニイ菌陽性症例を解析することができました。また、共同研究させていただいた諸施設の先生方からの学会誌への発表も相次ぎ、徐々にこの菌に注目が集まってきております。雑誌などに取り上げられる機会もふえました。
高橋:ピロリ菌と同様ハイルマニイ菌も臨床に繋ながらないと興味が薄れます。その点、中村先生方がマウスにハイルマニイ菌を接種し、胃マルトリンパ腫を発症させ、また、臨床的には、ヒトの胃マルトリンパ腫でハイルマニイ菌が検出され、その除菌によりマルトリンパ腫が寛解した事例が認められました。ピロリ菌陰性胃マルトリンパ腫と本菌との関係が明らかとなり、多くの臨床家の興味を集めています。また、鳥肌胃炎との関係も興味深いところです。最近では、non-Helicobacter pylori Helicobacter (NHPH)とよばれ、学会などで主題演題として取り上げられております。今後の検討が楽しみですね。
中村:これからの展開ということになりますが、ピロリ菌の研究を長期にわたり継続されているご経験から、高橋先生にどういうことに注目すべきかお伺いしたいのですが。
高橋:まず、ピロリ菌の研究史を振り返りますと、まずウォーレン(Warren)先生により胃炎患者の胃粘膜より鏡検にて初めて発見され、その後マーシャル(Marshall)先生による培養の成功と臨床例での検討、例えばRCT(randomized control trial)による消化性潰瘍の再発予防効果、そして最近の除菌による慢性活動性胃炎の改善と胃がん死亡数減少効果が知られています。ハイルマニイ菌も同様に、まず検査法の確立が基本です。そしてそれに基づく全国の感染状況の確認、各種疾患との病因的関係、さらには除菌法の検討だと思います。研究者としてはまだまだ未知の事柄が多く、これからももっともっと楽しめそうですね。
中村:ありがとうございました。今後ともよろしくご指導お願い申し上げます。
この続きの内容については、日本語版を Kindle Bookに公開しています。
写真は北大植物園
UNSWのMitchell教授にご講演をお願いしました