もうひとつのヘリコバクター
ハイルマニイ物語

序文  胃、十二指腸疾患形成におけるピロリ菌の意義については、最近は広く認識され、説明する必要もなくなってきたと思います。胃、十二指腸潰瘍に大きく関与する菌として 2005年に John Robert Warren, Barry Marshall 両氏にノーベル医学生理学賞が授与され、本邦では 明治のLG20というヨーグルトの乳酸菌がピロリ菌を減少させる動画を使ったテレビコマーシャルに Marshall先生が自ら登場していたことも記憶に新らしいところです。さらに、胃癌撲滅の関連から日本ヘリコバクター学会などの働きかけにより慢性胃炎に対する除菌が保険適応となり、日本国内で毎年約100万人が、除菌治療を受ける時代となりました。これから20年もすると、現在の米国などと同じ様に本邦においてもピロリ菌による胃癌は珍しい病気ということになっているかもしれません。  しかし、日常診療においては、胃透視検査などで慢性胃炎は認められるのに、ピロリ菌がいろいろな検査をやっても見つからないケースを経験された方も多いのではないでしょうか。こういった症例は、ピロリ菌除菌が一般化した現在、徐々に多くなってきたような印象があります。 PCR検査をやってみると、そういった症例のなかに、この本のテーマのハイルマニイ菌がかなりの割合で含まれていることがわかってきました。  ハイルマニイ菌は、ピロリ菌と同じヘリコバクター属に含まれていますが、ピロリ菌とは違ういくつかの特徴を持っています。特に診断面ではピロリ菌で広く用いられるウレアーゼを使った方法では陽性にならない場合が多いことが前述の問題とつながります。さらに、胃の粘液層だけでなく、胃腺腔内、特に壁細胞の酸分泌をする細胞内小管や細胞質内に認められることと、犬、猫、豚などが主な自然宿主であり、人に感染する人獣共通感染症であることが大きな違いです。ですから、 ピロリ菌の陽性者が除菌の結果どんどん減り、 今後もこの菌の自然宿主からの感染が継続するとすると、相対的にその割合は増加することが想定されます。 わたしたちのグループでは、 2010年に日本ヘリコバクター学会の後援を得て、日本全国の症例について PCR法により検討し、ピロリ菌陰性の MALTリンパ腫、鳥肌胃炎、慢性胃炎のかなりの部分が、 ハイルマニイ菌陽性であることを 2020年に Helicobacter誌に報告しました。また、近年従来不可能だったイヌ、ネコさらにヒトの生検組織からの培養の成功が報告されたこと、さらにハイルマニイ菌の全ゲノム解析が可能となったことなどから、ピロリ菌と同様に今後急速にハイルマニイ菌の感染実態や病原因子などの研究が進展することが期待されます。 本冊子では、 対談でまず今までの主に著者らのグループの研究の歴史を振り返り、現時点での問題点を明確化したあと、各論としてハイルマニイ菌の研究の歴史からはじまり、その特徴、最近の研究の流れについて述べてみたいと思います。

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