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H. heilmanniiとは

   胃潰瘍、胃癌の発症の多くにヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori、以下ピロリ菌)感染が関与していることが明らかになる一方で、ピロリ菌陰性であっても胃疾患を発症する患者はいまだ少なくない。これらの胃疾患に関係しているとみられているのが、ピロリ菌ではないヘリコバクター、Helicobacter heilmannii(以下、ハイルマニイ)だ。今年の日本ヘリコバクター学会で発表された全国調査では、ピロリ菌陰性の胃疾患患者27人のおよそ半数がこの菌に感染していたことが示された。


 
 ハイルマニイの発見は、ピロリ菌の発見からおよそ3年後の1987年。上部消化管症状を持つ患者に内視鏡検査を実施したところ、0.25%の患者の胃粘膜組織中に「ピロリ菌ではない螺旋菌」が存在することが報告された。H. heilmanniiという菌名は、発見者のドイツ人のハイルマン(K.L.Heilmann)氏の名前に由来している。

 ヘリコバクター属細菌は30種類以上が見つかっているが、ピロリ菌以外で「ヒトの胃に感染するヘリコバクター属細菌」としてはH. heilmanniiの他にH. suis、H.bizzozeronii、H.salomonis、H. felis、H. baculiformis、H. cynogastricusなどが存在。ピロリ菌以外のこれらの菌を総称して「non-Helicobacter pylori Helicobacter(NHPH)」、近年では広義で「ハイルマニイ」(H. heilmannii sensu lato)と呼ぶようになってきた。

 ハイルマニイの特徴は大きく6つある。(1)ピロリ菌は通常は霊長類にしか感染しないが、ハイルマニイはイヌやネコ、ブタなどに感染する人獣共通感染症である、(2)大きさはピロリ菌の数μmに対し、およそ20μmと大きい(写真1)、(3)ピロリ菌は尿素分解酵素のウレアーゼ活性を持つのに対し、ハイルマニイではウレアーゼ活性が弱陽性もしくは陰性でほぼ検出されない、(4)最適な培養条件が見つかっておらず、大量培養が困難、(5)ピロリ菌は粘液層にいるのに対し、ハイルマニイは胃腺腔深部や壁細胞内にも存在、(6)ピロリ菌は片側にだけ鞭毛があるのに対し、ハイルマニイは両側に鞭毛が付いており移動速度が速い―などだ。

 


 また、ピロリ菌は萎縮性胃炎などを引き起こすのに対し、ハイルマニイは萎縮性胃炎を引き起こさないという特徴を持つことも報告されている。ハイルマニイの研究に取り組む北里大学薬学部准教授の中村正彦氏は、「ピロリ菌に感染すると好中球が集まり強い炎症を起こすが、ハイルマニイ感染ではリンパ球の集積が主体となる濾胞性胃炎、MALTリンパ腫などとの関連が示唆されている」と語る。

 マウスを用いた実験からは病原性や感染力が強いことも分かっている。北里生命科学研究所講師の松井英則氏は、マウスにハイルマニイを感染させると3カ月で腫瘍が確認され、半年を過ぎると100%のマウスでMALTリンパ腫に似た腫瘍が形成されることを発表。「2005年から10年間、複数回追試しているが例外なく腫瘍が形成されている」と松井氏は語る。さらに、ピロリ菌をマウスに一時的に感染させる場合、108個以上の菌を3回連続投与しないと胃に定着しないのに対し、ハイルマニイは感染マウスの胃懸濁液に含まれる104個の菌を1回経口投与すれば感染成立することも示されている。

 2011年にはハイルマニイの菌種のうち、H.heilmanniiとH.felisの全ゲノム配列が発表され、ピロリ菌との違いも徐々に明らかになってきた。

 これらの特徴が明らかになる一方、ハイルマニイはいまだ謎に満ちあふれている。例えば、ピロリ菌はウレアーゼによってアンモニアを分泌して胃酸を中和することで強酸性の環境下で生きているのに対し、ウレアーゼ活性をほぼ持たないハイルマニイがなぜ胃の中で生きていられるのか。「ピロリ菌とは別の機構があるのではないか」と中村氏は推測する。

 ピロリ菌はウレアーゼ活性を持つのでアンモニアを呼気診断できるのに対し、ウレアーゼ活性を持たないハイルマニイは呼気診断ができず、今のところPCR法以外の確定診断法がない。PCR法による診断を実施できる施設が限られていることや、ハイルマニイの大量培養に成功していないことなどが、研究を進める上でのネックとなっている。
(日経メディカル  2015/08/25 満武里奈 より引用) http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/201508/543528.htm

 


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